住所:釧路市中園町13-23
電話番号:0154-22-7191
北海道釧路市-釧路ろうさい病院
コメント
“北海道釧路市-釧路ろうさい病院” への11件のフィードバック
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1~2ヶ月前からお尻にコブができ、だんだん大きくなって座るのがかなり困難な状態になっていた。
ほぼ寝たきりの生活になり、当初は病院に行く元気もなかったが、かなり無理をして病院に行った。
以前、痔ろうにかかった事があるので、その関連と疑ってはいた。 -
札幌の病院に受診していたが転勤により釧路に来たため 予め主治医から釧路労災病院に入院中に在籍していた先生がこちらの病院に勤務されているので 何かあれば受診する様に言われていた。
あまり看護師さんと話す機会はは無かったので詳細は書けませんが 受付の方 診療科受付の方とも 親切で説明も詳しく分かりやすく説明して頂きました。
さほど混んでおらず待ち時間もあまり待たず速やかに終了しました 。
釧路の中でも専門部門が多い病院です病院内の清掃も行き届き清潔に保たれています。釧路市内でもこの病院にしかない診療科が有るのも特徴です。最新の検査機器もそろっており 北大系列の病院です。
今回は固くなった角質を削ってもらう処置をお願いした。かなり大きくなっていたため時間を要したが綺麗に取って貰いました。
特に検査などはございませんでした。
プラバシーに関しては満点だと思います。呼び出しは受付番号制で外待合室には画面で番号が表示される方式です。番号で呼ばれると 中待合室で順番が来ると初めて名前で確認され診察室に入る方式なのでプライバシーはかなり守られます。
今回は紹介状が無かったため 受診時に特別加算金3240円ほど別にかかつてしましました。もしこの病院にかかるなら紹介状をもらったほうが良いですよ 。
診療事態は割と良心的です。薬は院外処方箋になります。
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生理が終わったと思ったら10日ほどで次の生理が来てみたり、2か月近く生理が来なかったり生理不順が気になりました。また生理中の出血量も多く、心配になり病院へ行こうと思いました。
看護師さんはとても忙しそうでしたが、皆、テキパキと仕事をしていました。ただ、忙しそうでちょっと声がかけにくい部分もありました。受付会計も感じが良かったです。
初診だったので問診から始まり、医師と話をするまでにかなり待たされました。その後、検査で待たされ、検査あとも待たされてと、ちょこちょこ合間の待ち時間がありました。
大きな総合病院です。病院内はどこも綺麗で清潔な状態です。建物が古い部分と新しく直した部分があるのですが、古いところも清掃が行き届いているので古さは感じますが清潔です。設備は総合病院なので新しい機械がそろっています。
医師の診断は子宮筋腫で今すぐに手術が必要といったような大きさではないので、経過観察ということになりました。生理不順に関しても特に薬などの処方もなく、今はまだ様子を見ていくと言われ痛みはないので問題はありませんが少し心配です。
生理不順で婦人科の診察を受けました。検査はエコー検査で超音波で子宮や卵巣の状態を確認しました。私は説明されても分からなかったし、白黒画像で不鮮明な感じでしたが筋腫を確認しました。検査中痛みはありません。
会計は番号で呼ばれます。各診療科のところでは名前で呼ばれました。会計は各診療科、皆同じところで精算します。なのでたくさんの人集まっているため番号で呼ぶというのはとても良いと思いました。
総合病院なので朝イチで行っても駐車場から混み合っていて、やはりか会計まで全て終わったのは昼近くなっていました。しかしきちんと検査をしてもらい病名が判明し良かったです。
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この先生は、一見怖そうに見えますが、本気で話をするととても良い先生に思います。何も聞かなければ病名とどのようなことに気をつけたら良いか程度の話ですが、他に合併症などの心配や、今ではなく先の心配など、このような可能性があるなどと詳しく教えてくれて、もしもの時の対処法もしっかり教えてくれます。
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ちょっと怖そうな先生ですが、こちらの質問にはきっちり答えてくれて、詳しい説明をしてくれるので私の中では唯一信頼できる先生です。
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親切丁寧で子供にやさしく説明もわかりやすく伝えてくれた
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術後の本人説明の際、勇気がでる言葉を言ってくれた。
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子供への対応が非常に良かった。
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まだ若い先生でしたが病気に怯える祖母に対し、「一緒にがんばりましょう」と元気づけてくれた。術後の家族への説明もわかりやすかった。病院全体に若々しさを感じる。
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父が長年苦しんでいた腰痛が、現在はウソのように解消されました。他の方から勧められて受診したのですが、井須先生に、間違いはありません。非常に無駄のなく的確な診断と技術で、父の腰を楽にしてくれました。
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主治医の村尾尚規さんは優秀だと思います。 死の一歩手前で命を救ってくれました。 手術の傷痕が深く残りましたが、あの病気では仕方ないと、今は思っています。
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